【京弓職人】柴田宗博さんにインタビュー

「やんちゃな少年時代」

戦国時代から続く柴田勘十郎弓店は依然として清水五条に弓店を構え、弓道を志す者からは一目を置かれる存在である。工房を訪れると、看板犬のゲン君が迎え入れてくれた。弓店だからゲン(弦)と名付けられたんだそう。歴史を感じる玄関を抜けると、横並びで黙々と作業をしている親子が迎え入れてくれた。右手に21代目柴田勘十郎さん、左手にはその息子、柴田宗博さん。

工房には緊張感が張り詰めており、作業されている手元に視線が集中していた。こちらに気がついた宗博さんが「おうっ!」と気さくに声をかけてくれた。そこに話しかけづらい職人のようなイメージは全くなく、とても話しやすい雰囲気で出迎えていただいた。先祖代々続く弓師になり約20年、継承者として人生を歩んできた宗博さんに、これまでのことや弓づくりに対する姿勢、ストレス発散方法など様々なことを訊いた。

—小さい頃はどんな子供だったんですか?

小さい頃は、めちゃくちゃヤンチャな子供でしたね。仕事場の土を土管が見えるまで掘り返したり、あらゆるところに釘を打ち付けたり、とりあえず手に負えなかったと思います。

—なにかスポーツはされていましたか?

クラブ活動でバスケットボールをしていましたね。オール京都に選ばれたこともあります。クラブ活動ではないけど、自転車にはよく乗っていました。自転車で日本一周をしている人をテレビで見て、「よっしゃ、俺もやるぞっ!」と思い立って、マウンテンバイクを買ってもらいました。小学校6年生の時に自転車だけで新潟県、広島県、中学1年生で北海道まで行きました。取材とかされるのかなとか子供ながらウキウキしていたんですけど、ただの旅行で終わってしまいましたね、、(笑)
自転車はずっと好きで、7,8年前も友達とロードバイクの試合出たりとか、いい思い出ばかりです。

—相当アウトドアがお好きだと思うんですが、休日はどのようにして過ごされているんですか?

最近は、忙しくて全然休みが取れてないなぁ。けど休みが取れたら夏も冬も関係なくサーフィンをします!夏場は太平洋、冬場は日本海に行って波乗りしてますね。奥さんの実家が太平洋側にあるので、家族で波乗りが恒例行事ですね。

—波に乗って日頃のストレスを発散するのは気持ちよさそうですね。

ストレス発散で言うと、山に行くのが一番ですね!一晩山に籠ります。決まったスポットとかがあるわけではなくて、気になった林道があったら入っていきます。タープを張って、愛犬のゲンと一緒に朝まで寝て、帰ってきてすぐに仕事に取り掛かります。携帯の電波もないので、ひたすらぼーっとリラックスをしています。最高な時間です。

「弓師としての職人冥利」

—弓を作られるうえで常に考えてらっしゃることはありますか?

お客さんの喜ぶ姿を常に考えています。「形が綺麗!美しい!」と言っていただけるのももちろん嬉しいんですが、「勢いよく矢が飛ぶね!」と言っていただけることが一番嬉しいです!弓は矢を飛ばす道具というのが大前提としてあるので、綺麗に作るのは当たり前だと思っています。その上で、弓はお客様によって一つ一つ個体差があるので形が若干異なります。そのため、しっかりと取り扱い方法をご説明するためにもお客様一人一人のご自宅まで日本全国どこでも自分の足で配送をします。やっぱり直接商品をお持ちした時にお客様の喜ぶ顔を見ることができるので、職人冥利に尽きますね!

—尊敬される方はいらっしゃいますか?

やっぱり親父かな。仕事に対する姿勢を特に尊敬しています。道具一つをとっても、僕であればホームセンターで道具買ったほうが安い上に、効率もいいと思うけれど、親父は自分で道具を作るし、うまくいかなかったらやり直すし、その姿勢は言葉で言い表すことは難しいけど「すごい」の言葉に尽きますね。

—そんなお父様から様々なことを指導されたと思うのですが、印象に残っている言葉はありますか。

言葉で教えてもらったことは1度もないですね。何から何まで見様見真似で技も全部盗みました。背中を見てすべてを学んだといったところですね。

「ええ加減がぐらいが丁度ええ」

—大切にされている「言葉」はございますか?

「ええ加減」。いい意味でも悪い意味でも「いい加減」という言葉が日本語にはあると思うけど、どちらをとってもらっても構いません!人間「いい加減」に生きていくことが一番いいことだと思っています。

—これからのご展望についてお伺いをしたいのですが、何か新しいことをされるご予定はございますか?

-新しいことをするつもりは取りいそぎないかな!とりあえずこの弓店を守っていくことを考えています。

YouTubeで京弓の製作工程をご覧いただけます!

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